「っしゃぁ、1次突破ぁ!」
「さっすが、彩希人!余裕だよね」
「当然」
彩希人とあやせは大阪のドーム球場にいた。
その目的は野球観戦でなく、ミニ四駆の個人戦である。
本当は樹やななせも誘うつもりだったが、どちらも都合が悪くなった等の理由をつけて断ってきた。
おそらく(とはいってもほぼ当たりだが)、現在進行形で付き合ってる彩希人とあやせの仲を進展させたいということなのだろう。
デート向きのテーマパークは西九条のほうにあるが、それでも大会のあるドーム球場に来たのはミニ四駆に浸かりまくった走り屋の性なのだろうと思われる。
「よぉし、次はあたしの出番だ」
「マシンはどーした?」
「あ、ピットに忘れてた」
「……なにやってんだか」
あやせの空回りに彩希人は呆れるしかなかった。
―――――――――――――
『誰!?』
ピットに戻った彩希人達はあり得ない光景に異口同音の反応を返す。
確保していたピットスペースを使っていたのは彩希人とあやせの2人だけのはず。
しかし、目の前にはなぜか自分達と歳が近そうな少女が寝転がっている様子が展開されている。
しかも、この喧騒のなかで寝息までたてていた。
「知ってる人?」
「俺が言おうとしたことを言うんじゃぁないっての」
「じゃ、どこの誰?」
「たたき起こして問い詰めるか」
ひとまず、彩希人は寝ている少女に近づく。
「お客さん、終点。三宮ですよ」
「高尾じゃないんかいッ!」
「なんば線の快急は三宮だろ。それとも三崎口にしろってか?」
「それはあたし達の地元しかわからないって」
「成田でも出る表示だっつーの」
どうでもいいネタの話に2人は盛り上がり出す。
そうしているうちに、彩希人達のもとへ足音が近寄ってきた。
「あ、ここにいたんだ」
「あんたら、こいつの関係者?」
「そうだけど」
「だったら、早いとこ引き取って……」
彩希人が急に言葉を打ち切る。
「あ、お前ら!」
「どったの?」
「前に修学旅行抜け出して、新橋来てたとかって連中の!」
「ああ、樹が試験期間中に呼び出されたって愚痴こぼしてたアレ?」
「そう、面白いことに別の修学旅行抜け出したのとかち合って盛り上がりが爆発したやつ。あのあと、樹がマジで悔しがってたからなぁ」
「ご愁傷、だったらあたしを呼べばよかったのに」
「鎌倉から新橋までどんだけかかると思ってんだよ。てか、そっちは学校いる間は電源OFFの校則が未だに活きてるだろ」
「あたしは無視してるけどね。というか、出番だった!」
自分のレースがあることを思い出したあやせ。
ケースからホログラムブラックのバンキッシュを出すとコースへ向かって駆け出して行った。
「……バカが」
「あの娘、私と同じの使ってる」
「あいつは最初にもらったボディをずっと使ってるからな。俺は一度ライジングエッジに浮気してるけど」
「そういう君は何使ってるの?」
「初代アバンテ、しかもポリカボディ」
彩希人は手にしていたマシンを見せる。
パールホワイトの本体にガンメタルのウイング。
ほしいパーツが揃わないせいで一部はビビッドな色となってしまっているが、基本はモノトーンメタリックを維持している。
「うおー、白黒でカッコいい」
「これが私のエアロアバンテの源流なのね」
「フラッグシップだもんね」
「どこ行っても見かけるもんだな。これで、俺の知るエアロ使いはあんたで3人目だ」
彩希人はこれまで会ってきた使い手達を思い出す。
そのとき、彩希人の携帯が震えた。
彩希人は腰に巻いているフライトジャケットのポケットから取り出す。
メッセージアプリからの通知を開けると、あやせから「はよこいッ!!」のメッセージと怒り心頭のスタンプだった。
「やべぇ……」
―――――――――――――
彩希人とあやせはともに順調に予選を勝ち抜き決勝に残ったものの、揃って準々決勝で敗退してしまった。
その後のことを考えていたところ、リーダー格っぽい少女(タマキと名乗った、しかも同い年だった)に誘われて、彼女達が行きつけの模型屋へ行くことになった。
「行っけー、スパークルージュ!」
「行かせるかよ、俺の前にはさぁ」
さっそく交流戦が始まった訳だが、テンションが最初から高いのか彩希人はリズムを少し崩される。
勝負は彩希人のアバンテが少し先行している。
しかし、スパークルージュも負けてはいない。
スピードに乗ってある程度近づいたところでコースアウトしてしまう。
「……Coolじゃぁねぇんだよ」
「速い、一体何者なの?」
それぞれがマシンを回収していると、べつの客が店に入ってくる。
その客は彩希人を見ると、驚いた表情を見せた。
「白黒のアバンテ!あんたまさか、神城彩希人!?」
「まさかだったりして。親の都合で名字が変わったけど」
「どうして、こんなところに」
「プライベートくらい俺の好きにさしてくださいよ?」
急な展開が進んでいると、奥の部屋からあやせも出てきた。
眠そうな表情をしたバンキッシュ使いも一緒のところを見ると、かなり気が合ったらしい。
「いやー、ネムリもすみにおけないね。後継機のベースにネオVQS選ぶなんて、バンキッシュ使いの鑑だよ」
「そう……、かな?」
「今度は稲村あやせ!?」
入って来た客はさらに慌てる。
「まさか、北嶋樹とか稲村ななせとかも来てるとか」
「都合つかなくて来てないです」
「……理由付けはともかく」
「もしかして、2人ともすごい有名なの?」
「活動開始から1年位で県内の壊し屋連中を駆逐した伝説を持ってる4人組のうちの2人だからね。しかし、なぜこんなところに」
「俺達が気まぐれでゴォ!ウエストしちゃぁいけないんスか?」
「いや、全然。まさか来てくれるとは」
タマキ達は彩希人達の知名度の高さに舌を巻いてしまう。
そのせいか場の空気が微妙な変化になりだす。
「そうだ、さっき話してたんだけどあたし達とタマキ達でタッグレースやろうって話があるけどどう?」
「難波から特急乗ること考えると、そろそろ出ないとまずいんだけどな……」
彩希人は予約中の画面を見せる。
あやせはそれをもぎ取ると、無表情ですぐさまキャンセルボタンを押す。
「却下、夜行バス取っといて」
「中川の短絡線通りたかったのに……」
「別件で行けッ!」
―――――――――――――
「それじゃ行きます。Ready Go!」
スタートの号令を受け、アバンテとスパークルージュは使い手の手を離れ加速する。
スタート直後は互角、あまり差はない。
だが、安定指向のアバンテが徐々にさを広げていく。
「上々、このまま行けぇ」
「まだまだ」
その後ろでは、あやせが出走に向けての準備を始める。
取り出したのはさっきのレースで使ったバンキッシュではなく、最近完成させたばかりのマシンであるネオVQS。
あやせはこのマシンにもホログラムブラックのボディと白主体のマーキングを受け継がせている。
対するネムリのマシン、同じネオVQSをベースにこちらは白ベースに黒の模様付きテープとなっている。
「偶然とはいえ、対照的なカラー。面白いじゃん」
「負けない!」
「あやせ、このまま決めるぞッ!」
規定の周回を終えた彩希人があやせに声をかける。
「任しときぃー!行っけぇ、あたしのVQS!!」
彩希人のバトンタッチから間髪入れず、あやせのネオVQSが走り出す。
最高速重視のチューンで構成されたマシンが唸りをあげる。
すぐ後ろでは、相手方の交代も終わったようだ。
黒と白のネオVQS、それぞれが鼓動の唸りさえもぶつけ合いながら火花を散らしていった。
―――――――――――――
「んじゃ、お疲れ様っス」
「機会あったら品川でね」
「またね~」
バトルを終えた彩希人とあやせは店を後にして駅へ向かう。
「なかなか骨のある連中だったな」
「負けてられないね、あたし達も」
「あいつらだけじゃぁない、俺達がやりあうべき相手は全国津々浦々にいるんだからな」
彩希人は今日の出会いを思い出す。
そして、まだ見ぬ強敵に想いをはせていた。
「……やってやるぜ、どんな相手でも」
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