Act.5 シークレット・プレジデント その1

 ゴールデンウィークに入る少し前の週末、彩希人は青物横丁駅にいた。


 その目的は春の個人戦に出るためだったりする。


 少し、時間は戻る。


 受付を終えてピットを構えていると、友人が2人やってきた。



 「お待たせ、早いよねいつも」


 「稲村姉妹のご到着か。ま、俺としては紳士的な面を見せるチャンスってぇとこだな」


 「またまたぁ、あたしはそういう彩希人が好きなんだけどね。急に引っ越すとかでしばらく会えなかったから、今日はたっぷり彩希人分を補充するんだ~」



 稲村あやせと稲村ななせ、彩希人の幼なじみである。


 ちなみに、姉のあやせと彩希人は現在進行形で付き合っていたりする。



 「だからって、近寄りすぎだッ!」


 「お姉ちゃん、彩希人君困ってる!しかも、周りに他人がいるんだから」



 ななせの注意を聞かず、なんとしても彩希人に甘えたいあやせ。


 彩希人はなんとか引きはなそうとするも、そう簡単には離れない。


 そうしているうちに隣のピットでそれぞれのDCR-1を整備していた年下と思われる双子の女子と目が合ってしまった。



 「何やってんの?」


 「触らぬ神に、祟りなし」


 「いやいやいや、助けてくれぇ!?」



 そのとき、彩希人の携帯が着信を告げた。


 これ幸いと彩希人は飛び付いてきたあやせを横に逃がすと、すぐに電話に出た。



 「樹か、なんだ?」


 『悪い、まだ川崎なんだわ。着くのもう少しかかる』


 「……ったく、お前はさぁ」


 『わかってンだけどね。おれだって、間に合うようにはしてるつもりなんだけど』


 「言い訳はあとで聞くから、合流はいつも通り改札出たとこな」



 彩希人はため息をつきながら通話を切る。


 その横ではさっきの双子とあやせが一触即発の空気を出し、ななせがそれを収めようとあたふたしていた。


 彩希人はその様子にため息をつきつつ、立ち上がる。



 「ひとまず、樹を迎えに行ってくる」



―――――――――――――



 なんとか私鉄の駅まで来た彩希人、改札の前まで来たものの数えられる程度しか人がいない。


 待っている間に頭上では何本も電車が通過していく音がするが、一向に樹が現れる気配がない。


 駅の時計を見ると9時半を過ぎていた。


 彩希人は呆れつつ時計から目を離すと、秋葉原くらいでしかお目にかからないような格好の少女が目に入った。


 改札前に来たときにもいたような気がすると感じた彩希人はその少女に声をかける。



 「気になったんだけど、おたくも待ち合わせ?」


 「そ、そんなところね」


 「お互い苦労するねぇ、待ってる奴がルーズだと」



 互いに待ち人に対して「やれやれ」と肩を落としていると、樹が改札から出てきた。


 その様子に焦っているような表情はない。



 「悪ィ、遅くなった」


 「で、今日の理由は?」


 「いやー、川崎で乗り換え待ちしてたらちょうど行き先が同じやつがいてさぁ……」



 悪びれる様子もなく、樹は話を続ける



 「驚いたことに、おれと同じマシン使ってるってなって盛り上がったわけ。まぁ、限定仕様のゴールドなんだけどな」


 「それで泉岳寺まで行ったってか?何度も言うけど、普通車は品川止まりだからな。もっとマシなネタにしとけ」



 言い訳を論破され、樹は少々顔を曇らせる。


 その隣では、ふんわりしたような雰囲気の少女が改札前で待ってた少女に対して樹と同じような話をしていた。


 おそらく、この娘が樹の言っていた同じマシンを使っているやつなのだろう。



 「って、そんなこと言ってる場合じゃぁないから。時間時間」


 「あ、9時半まわってたンだった」


 「そうよ、受付終わっちゃう!」



 現在の時間を思い出した一行は大急ぎで高架から下がる階段へと向かって行った。



―――――――――――――



 駅から会場まで続く道を彩希人達は走って行く。


 最初の大通りとの交差点まで来たところで、彩希人と待ち合わせが被った少女が足を止めた。



 「こっちから、行きません?」


 『はっ?』



 彩希人と樹の疑問がシンクロした。


 駅から会場までは道なりに行けば10分もかからないで着ける。


 それなのに、少女は脇道へ逃れようとしている。


 腑に落ちる理由が全く見当たらない。



 「どういうことだ?会場までまっすぐなんだから、脇道それるこたぁないって」


 「ちょうど信号も変わったし、行こうぜ?」


 「いや……、その……あそこにいる黒塗りの高級車が……」



 指差された先を見ると、確かにこの先にある新興住宅街ではめったにお目にかかれない黒塗りの高級車が待機している。


 彩希人がそれを少し凝視すると、何事もなかったかのように会場への道を先に進みだした。



 「問題ない、ありゃぁ青ナンバーだ」


 「青ナンバー!?」


 「ああ、確かに。大方どっかの国のVIPがこの辺の隠れた名店に飯食いに来てるとか?」


 「その線アリだな、ボロネーゼの名店抱えてるフードコートが会場そばのショッピングセンターにあるわけだし」


 「あそこは東京におけるレーサー飯の筆頭だかんな」


 「お、覚えておくわ……」



 彩希人と樹は冗談を飛ばしながら先を急ぐ。


 しかし、その青ナンバーの高級車からの視線に彩希人は気づくことはなかった。


 さらに、その対象が自分達のすぐ近くにいるとは知るよしもなかったりする。



―――――――――――――



 なんとか樹達の受付を済ませてピットに戻ると、あやせと例の双子片割れとのいがみ合いが未だに続いていた。



 「まだやってるし……」


 「そっちが謝らないからだ!」


 「飛び込んだ先にいたからじゃん」



 その横ではななせともう1人の眼鏡女子が揃ってため息をついていた。



 「ごめん、お姉ちゃんのせいで」


 「マシンに被害はなかったからよかったけど、気をつけてほしいわ」


 「しっかり言っとく」


 「樹を連行してきたぜぇ……、ってまだ続いてたのか」


 「連行とか言うなって」


 「……それよりも」



 彩希人は傍らにあったラックからバイト雑誌を1冊引き抜き丸める。


 そのまま音をたてず、あやせに近づき一撃を加えた。


 直後、響きのいい音が2連続で聞こえた。



 「痛っあ~」


 「なんで、ボクまで……」


 「喧嘩両成敗だ。出禁になりたくなかったらそこまでにしとけ」


 「大丈夫?」


 「あれ、先輩いつの間に?」



 どうやら、駅で会った少女と双子達は知り合いのようだ。



 「うん、駅で知り合ったの」


 「あれぇ、誰かと思ったら」



 彩希人達の背後から、妙に元気のいい声がした。


 振り向くと、スタイルのいいポニーテールの少女がこちらに駆けてきていた。


 手にはオレンジのエントリーシールとパールホワイトのエアロサンダーショットを手にしている。



 「神城さんと北嶋さん、それに稲村姉妹!まさか、隣のピットだったなんて」


 「あれ、もう終わったの?」


 「余裕っしょ、余裕」



 自慢気にエントリーシールを見せながら話を続ける。



 「ま、そうだろうな。さすが去年の団体戦神奈川代表」


 「伸び代を計算にいれなかったとしても、おれ達に匹敵する実力の持ち主だし」


 「結成後初の団体戦でいきなり優勝。とんだジョーカーに化けたもんだ」


 「いやー、それほどでもありますよ」


 「とりあえず、神奈川の平和は確実だな。来年ジュニアから昇格してくる連中が今年上がったのも含めて強者揃いな訳だし、Scary.Mも入り込む隙はないって」



 ひとまず、彩希人は安堵の表情を見せる。



 「ところで、Scary.Mって?」



 双子の活発そうな片割れが訊ねる。



 「言ってみれば、昔よくあった壊し合いが当たり前の喧嘩上等な連中。それに対して、純粋な走りでのバトルを定着させようとしてるのが神城さん達みたいな走り屋」


 「一つだけ言っとくけど、家の事情で今の名字は藤村だから。結構ヤバかったからな、俺達が名を上げる前は」


 「√134がかろうじてバランスを保ってたけど、あちこちで連中がでかい面してたからな……」


 「おかげで、初心者がなかなか入ってこないってお姉様が嘆いてたし。お姉様って、あたし達にミニ四駆教えてくれた師匠ね」


 「それを打開したのが神……藤村さん、北嶋さん、稲村姉妹ってことですよね」


 「そう、連中に勝ちまくってたら"神奈川の最終兵器(リーサルウエポン)"なんて呼ばれるようになったし。それで、そこの双子とかがやる前にScary.Mは撤退してった訳だ」


 「でも、団体戦は出なかったんですよね。そんなに強いなら、出てもおかしくないはずですけど?」


 「ああそれ、俺達は八景中の正規チームから出てってたからな」



 彩希人と樹はもともと部活系チームにいた。


 しかし、あるトラブルでチームを離れることになった。


 その後、2人に賛同した仲間とともに立ち上げたのが、それまで彩希人がいた"F99"なのである。



 「そんなことが……」


 「おれ達がF99立ち上げた後、もといたとこは部員不足で廃部になったというオチがあるけどな


 「みんな俺達についたからな」



 彩希人達が雑談をしていると、係員が次の番号枠を告げる。


 彩希人がポケットにあるエントリーシールを確認すると、自分が入っているのを理解した。



 「さて、行きますか」



―――――――――――――



 車検を終え、彩希人はスタートエリアへ通される。


 そこには既に4人並んでおり、彩希人で組がまとまったようである。


 ふと隣を見ると、彩希人とは歳が近そうで地味めな雰囲気の少女がかなり古いセッティングで固められた黒いアバンテMk-Ⅲを手にしていた。



 「公式出るの初めて?」


 「ええと、その……」


 「次のレースお願いします」



 係員に促され、スタート地点に移動する。



 「シグナルに注目!」



 一瞬の静寂……


 直後のブザーでマシンが一斉に手から離れた。


 彩希人のアバンテは既に頭一つ先を行っていた。


 その後も圧倒的な優勢で彩希人のアバンテはレースをリードしている。


 4周を終え、ファイナルラップ……



 「彩希人、前だッ!」



 不意に樹の声が飛ぶ。


 コースを見ると、1台出遅れ続けているのがいた。


 さっき隣にいた黒いアバンテMk-Ⅲ、完全に周回遅れである。


 間に合うか……


 そう考えている間にマシンは追い付いていた。



―――――――――――――



 「危ないところだったね、異議が通ってよかったけど



 ピットに戻った彩希人をあやせ達が出迎えた。



 「まぁな……」



 彩希人のアバンテが追いついたあと、レースは別のマシンに先を越されてしまった。


 しかし、周回遅れによる妨害を受けたとして再レースが認められた。


 もちろん、彩希人はそちらで勝ち残っている。



 「いくらなんでも、あのチューンはなぁ……」


 「ダッシュ系モーター解禁前じゃあるまいし、どこを参考にしたんだか」


 「あ、そうだ」



 彩希人はあることを思いだし、隣のピットに声をかける。



 「夏にF99と√134の合同合宿やるけど、来るか?」


 「えっ、いいんですか!?考えておきます」


 「吉報を待っとくぜ」



 彩希人とポニーテールの少女は再会誓って拳を付き合わせた。